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娘のおかげで、一歩前へ。
2012年05月12日
動けなかった。
動かなかった。
動こうとしなかった。
この3ヶ月間、
倦怠感と、睡魔と、肩こりと
年をとることへの焦燥感と、
もう二度と戻ってこない時間への悲しさ、淋しさ。
片付けられない、部屋。
整理できない、子ども達の思い出の品々。
何故だか
ベッドで寝ると怖かった。
思い出す、田舎の風景。
大好きな
朝の競技場。
聴いていた曲。
楽しかった、キャンプ。
思い出すシーンは
年代が行ったり来たりしていた。
毎日、毎日、
同じことばかり、考えていた。
5人で暮らしていた頃に
戻りたい。。。
4月娘家族が来てくれた。
約1ヶ月の滞在。
1歳になった孫ちゃんを連れて、動物園へ。
思い出話をしても
一緒にいると、淋しくなかった。
主人もよく話した。
娘の小さい頃にそっくりの
孫ちゃん。
歩く姿が、愛らしい。
泣いても、すねても、何をしても可愛い。
そばで笑う娘は、もっと可愛い。
滞在も終わる、連休後半。
娘のおかげで
私の何かが、動き出した。
大掃除。
ひたすら、ただ無心に掃除。
卒業していく、品物と心。
多くのダンシャリ。
思い出たちは、一つの押入れに集めた。
少しずつ、飾っていく。
ベビー布団は卒業した。
手作りした、服やバッグや、小物たちも。
アルバムには娘も見入って、
笑った。
4日間、ほぼ毎日時間を費やした台所。
シンクは娘が、タイルを貼ってくれた。
テーブルも二人で白くペンキ塗り。
ついでに犬小屋にも、落書き。
調子に乗った。
たくさんのゴミ袋の山は
連休中仕事だった主人を
驚かせた。
風が通りはじめた。
息子の自転車のブレーキを聞いて
ジューサーでプロテインジュースを作ることも
なくなった。
山のような、買い物もなくなった。
急な迎えも、なくなった。
娘を、駅に送ることも
心配で電話しまくることも、ない。
4時に起きることも、ない。
洗濯物を朝から、乾かすこともない。
私には、何もなくなって
すべてが、悲しかった。
今でも、淋しい。
だけど、娘が力を貸してくれた。
テキパキ、テキパキ、
換気扇を磨き、レンジを磨き、
引き出しを整理し、
一緒に捨ててくれた。
何度も、
百均に通い、
知恵を出し合って、進んだ。
小学校の頃、
日曜日の朝、寝ている私たちに
朝食を作ってくれていた娘。
一緒に寝よう、と
手紙を書いてくれた娘。
ありがとう。
ほんとうに
ありがとう。
まだまだだけど
見つけていくね。。。
壁塗りするときは
また手伝ってね。
動かなかった。
動こうとしなかった。
この3ヶ月間、
倦怠感と、睡魔と、肩こりと
年をとることへの焦燥感と、
もう二度と戻ってこない時間への悲しさ、淋しさ。
片付けられない、部屋。
整理できない、子ども達の思い出の品々。
何故だか
ベッドで寝ると怖かった。
思い出す、田舎の風景。
大好きな
朝の競技場。
聴いていた曲。
楽しかった、キャンプ。
思い出すシーンは
年代が行ったり来たりしていた。
毎日、毎日、
同じことばかり、考えていた。
5人で暮らしていた頃に
戻りたい。。。
4月娘家族が来てくれた。
約1ヶ月の滞在。
1歳になった孫ちゃんを連れて、動物園へ。
思い出話をしても
一緒にいると、淋しくなかった。
主人もよく話した。
娘の小さい頃にそっくりの
孫ちゃん。
歩く姿が、愛らしい。
泣いても、すねても、何をしても可愛い。
そばで笑う娘は、もっと可愛い。
滞在も終わる、連休後半。
娘のおかげで
私の何かが、動き出した。
大掃除。
ひたすら、ただ無心に掃除。
卒業していく、品物と心。
多くのダンシャリ。
思い出たちは、一つの押入れに集めた。
少しずつ、飾っていく。
ベビー布団は卒業した。
手作りした、服やバッグや、小物たちも。
アルバムには娘も見入って、
笑った。
4日間、ほぼ毎日時間を費やした台所。
シンクは娘が、タイルを貼ってくれた。
テーブルも二人で白くペンキ塗り。
ついでに犬小屋にも、落書き。
調子に乗った。
たくさんのゴミ袋の山は
連休中仕事だった主人を
驚かせた。
風が通りはじめた。
息子の自転車のブレーキを聞いて
ジューサーでプロテインジュースを作ることも
なくなった。
山のような、買い物もなくなった。
急な迎えも、なくなった。
娘を、駅に送ることも
心配で電話しまくることも、ない。
4時に起きることも、ない。
洗濯物を朝から、乾かすこともない。
私には、何もなくなって
すべてが、悲しかった。
今でも、淋しい。
だけど、娘が力を貸してくれた。
テキパキ、テキパキ、
換気扇を磨き、レンジを磨き、
引き出しを整理し、
一緒に捨ててくれた。
何度も、
百均に通い、
知恵を出し合って、進んだ。
小学校の頃、
日曜日の朝、寝ている私たちに
朝食を作ってくれていた娘。
一緒に寝よう、と
手紙を書いてくれた娘。
ありがとう。
ほんとうに
ありがとう。
まだまだだけど
見つけていくね。。。
壁塗りするときは
また手伝ってね。
私でお役に立てるなら。
2012年05月12日
その方と、出逢いました。
お年をめして
アルツハイマー型の認知症をお持ちでした。
ベッド横の棚には
それはそれは、小さく上品なマリア様とロザリオの珠が
飾られていました。
ソファで一緒に、聖歌を歌いました。
その方は、思い出し、思い出し
丁寧に歌われていました。
音程は正確でした。
とても楽しい、本当に嬉しい時間でした。
心は高校時代に戻って
涙がでました。
その方は
「私でお役に立てるなら」と言われました。
言葉にならずにいると
「すべて神様に話すんです。
辛いことも悲しいことも、嬉しいことも。
神様はすべて聞いてくださって
そして必要なことを与えてくださるんです。
そして、心が軽くなるんです。」
「修道生活も結婚生活も
苦しいことがありますが、どちらも人の道です。
自分で選んだ、正しい道です。
私は、修道生活でいろんなところに行きました。
沢山の仲間と共に、生きてきて
本当に幸せでした。
何より、お母さんが{いい生き方を選んでくれた}と
喜んでくれたから。」
「あなた、泣かなくても
大丈夫よ~。大丈夫、大丈夫。」
手は、暖かく
私の背中を何度もさすってくださいました。
口元は、ほんのり上がり
マリア様のようでした。
「お部屋のマリア様、
とても素敵ですね。」と私が言うと
「あら、私のお部屋にありました?」と、その方。
くすくすと笑って
一緒に、お部屋に戻りました。
ありがとうございました。
お年をめして
アルツハイマー型の認知症をお持ちでした。
ベッド横の棚には
それはそれは、小さく上品なマリア様とロザリオの珠が
飾られていました。
ソファで一緒に、聖歌を歌いました。
その方は、思い出し、思い出し
丁寧に歌われていました。
音程は正確でした。
とても楽しい、本当に嬉しい時間でした。
心は高校時代に戻って
涙がでました。
その方は
「私でお役に立てるなら」と言われました。
言葉にならずにいると
「すべて神様に話すんです。
辛いことも悲しいことも、嬉しいことも。
神様はすべて聞いてくださって
そして必要なことを与えてくださるんです。
そして、心が軽くなるんです。」
「修道生活も結婚生活も
苦しいことがありますが、どちらも人の道です。
自分で選んだ、正しい道です。
私は、修道生活でいろんなところに行きました。
沢山の仲間と共に、生きてきて
本当に幸せでした。
何より、お母さんが{いい生き方を選んでくれた}と
喜んでくれたから。」
「あなた、泣かなくても
大丈夫よ~。大丈夫、大丈夫。」
手は、暖かく
私の背中を何度もさすってくださいました。
口元は、ほんのり上がり
マリア様のようでした。
「お部屋のマリア様、
とても素敵ですね。」と私が言うと
「あら、私のお部屋にありました?」と、その方。
くすくすと笑って
一緒に、お部屋に戻りました。
ありがとうございました。
今の実力と、もともとの性格。
2012年05月12日
だんだん、分かってきた。
昨日の休み、洗車に行った。
以前なら、当然「外」も洗って
「中」も掃除する。
でも昨日は、気になって落ち着かなかった「中」だけ
やった。
他にしたいことがあった。
時間がないわけではなかった。
体力がないわけでもなかった。その時は。。。
でも「あえて」作業を、別日に分けようと思った。
そして、
分けて、正解だった。
したいことをパンパンに詰めて、やりきって、
夕方 ヘタレ込む自分や、頭痛がしだす自分を
何年も見てきた。
思ったことができなくて
「また次の休みまで、あおずけだ・・・」と
落ち込んで、その後イライラしたり。
その当時、
原因が分からなかった。
落ち込みも、イライラも、ヘタレも。
原因が分かっていなかった。
やりすぎていたんだ。
やれると過信しての計画。
もう若くはなくなった体力に見合った計画に
変更していく作業。
諦めと、前向き。
自分を大事にするため。
自分が嫌にならないように。
思ったことを、即やる性格。
これはなっかなか変わらない。
変えれないときは
一つ一つを、簡素化して体力温存。
変えれるときは
即しないで、もう少し考えてみる。
少し、楽しかった。
昨日の休み、洗車に行った。
以前なら、当然「外」も洗って
「中」も掃除する。
でも昨日は、気になって落ち着かなかった「中」だけ
やった。
他にしたいことがあった。
時間がないわけではなかった。
体力がないわけでもなかった。その時は。。。
でも「あえて」作業を、別日に分けようと思った。
そして、
分けて、正解だった。
したいことをパンパンに詰めて、やりきって、
夕方 ヘタレ込む自分や、頭痛がしだす自分を
何年も見てきた。
思ったことができなくて
「また次の休みまで、あおずけだ・・・」と
落ち込んで、その後イライラしたり。
その当時、
原因が分からなかった。
落ち込みも、イライラも、ヘタレも。
原因が分かっていなかった。
やりすぎていたんだ。
やれると過信しての計画。
もう若くはなくなった体力に見合った計画に
変更していく作業。
諦めと、前向き。
自分を大事にするため。
自分が嫌にならないように。
思ったことを、即やる性格。
これはなっかなか変わらない。
変えれないときは
一つ一つを、簡素化して体力温存。
変えれるときは
即しないで、もう少し考えてみる。
少し、楽しかった。
返事をしない、店員。
2012年04月01日
よく行くショッピングモールに
次男と次男のシャツを買いに行った。
首が細くて、腕が長い息子に
合うサイズが分からなくて
計測してもらおうと
レジにかたまって何やら相談している風の
店員に声をかけた。
振り向いた店員の表情は
「機嫌は良くない」風に見えた。
私は店員の後をついて行きながら
説明を加えた。
まったく返事はない。
ミニ、ぷちん。
ガラーンとした店内にヒョッコリ息子が飛び出てる。
店員は‘この人?‘と言わんばかりに
息子を指し、眉をあげる。
ぷちん。
店員が息子の首にメジャーを回す。
「もう触るな。」
「測ってもらわなくて結構ですから。」
心の中。
一人なら口にしてる。
入学式に着るシャツだから
お祝い事にケチはついて欲しくない。
その店員の雑に出したシャツに触りもせずに
私たちは店舗を出た。
払うお金は変わらない。
物に違いが出てくる。
気持も違う。
安い店に、安い店員。
あの店はそうだった。
高いお店には、高い店員を期待するが
安い店に、高い店員を求められない時代ではない。
苦情を言わずに
自分で選べばいいだけ。
黙して学習。
その後に行った店舗のおかげで
勉強になったことが分かった。
次男と次男のシャツを買いに行った。
首が細くて、腕が長い息子に
合うサイズが分からなくて
計測してもらおうと
レジにかたまって何やら相談している風の
店員に声をかけた。
振り向いた店員の表情は
「機嫌は良くない」風に見えた。
私は店員の後をついて行きながら
説明を加えた。
まったく返事はない。
ミニ、ぷちん。
ガラーンとした店内にヒョッコリ息子が飛び出てる。
店員は‘この人?‘と言わんばかりに
息子を指し、眉をあげる。
ぷちん。
店員が息子の首にメジャーを回す。
「もう触るな。」
「測ってもらわなくて結構ですから。」
心の中。
一人なら口にしてる。
入学式に着るシャツだから
お祝い事にケチはついて欲しくない。
その店員の雑に出したシャツに触りもせずに
私たちは店舗を出た。
払うお金は変わらない。
物に違いが出てくる。
気持も違う。
安い店に、安い店員。
あの店はそうだった。
高いお店には、高い店員を期待するが
安い店に、高い店員を求められない時代ではない。
苦情を言わずに
自分で選べばいいだけ。
黙して学習。
その後に行った店舗のおかげで
勉強になったことが分かった。
生きる、価値。
2012年04月01日
たからもの。
2012年03月31日
本当はいけないのだろうけど
今まで主人にもらったプレゼントに
順番をつけるとしたら
21歳の誕生日。
学生結婚、自由になるお金はない。
入籍前のお気楽な学生生活とは
大違い。
足りなくなったら
親におねだりすることも
バイトできる状況でもなかった。
21歳の誕生日に
主人は一緒に寝転んだまま
歌を歌ってくれた。
ハッピーバースディー♪を
何回も、何回も
歌ってくれた。
あのプレゼントが
私は、忘れられない。
正直、主人は歌が、下手。
音もはずす。
だから、なおさら嬉しい。
一生のわたしの、たからもので
年を重ねても
物忘れがひどくなっても
忘れたくない。と思う。
先日、二人で
『マーガレット サッチャー』を観たあと、
主人が
「やっぱ俺はお前より先に死ねんな。
俺が面倒みらな、子どもたちが大変ばい。」
「・・・・。」
それは私が主人に対してずっと
想っていたことだったから
びっくりした。
次はなんの映画を観にいこうか。
今まで主人にもらったプレゼントに
順番をつけるとしたら
21歳の誕生日。
学生結婚、自由になるお金はない。
入籍前のお気楽な学生生活とは
大違い。
足りなくなったら
親におねだりすることも
バイトできる状況でもなかった。
21歳の誕生日に
主人は一緒に寝転んだまま
歌を歌ってくれた。
ハッピーバースディー♪を
何回も、何回も
歌ってくれた。
あのプレゼントが
私は、忘れられない。
正直、主人は歌が、下手。
音もはずす。
だから、なおさら嬉しい。
一生のわたしの、たからもので
年を重ねても
物忘れがひどくなっても
忘れたくない。と思う。
先日、二人で
『マーガレット サッチャー』を観たあと、
主人が
「やっぱ俺はお前より先に死ねんな。
俺が面倒みらな、子どもたちが大変ばい。」
「・・・・。」
それは私が主人に対してずっと
想っていたことだったから
びっくりした。
次はなんの映画を観にいこうか。
ルマンド。
2012年03月09日
両親はブルボンのお菓子が好きだった。
だから、我が家の数少ない置き菓子はブルボンがほとんど。
時にビスコ。
きっちりと、サイズぴったりに包まれた
ビスコは、何だかブロックみたいで好きだった。
ブルボンの中で特に多かったのは
ルマンド。
あの頃、ルマンドを上手く最後まで食べれることはほとんどなく、
大抵は包みを開ける段階でくじける。
何層にも重ねられたクレープ状のクッキー生地はグザグザになり、
耐え切れず包みごと口に入れ、
歯でしごくように食べるから、
グチャッとした塊になったルマンドになっていた。
それでもチャレンジ。
今日、久しぶりに目につき買った。
今は製法も変わったかもしれないし、
私の技も上がり、崩れることなく食べれる。
パチンコから帰って来た父が
差し出してくれるチョコレートやマメ菓子が好きだった。
すこんぶは返していた。
差し出した手は、油が染みていてゴツゴツしていた。
その手で頭を撫でてくれるのは、もっと好きだった。
その手の重みや力強さは
ずっと残っている。
私にとって多分、
父は憧れで、怖くて、厳しくて
大きかった。
海、山、韓国。バイク、射撃、車。
どこに行っても遊ぶことを教えてくれた人だった。
私にとって親子3人の空間は
父の空間であり、
父の厳しいルールの中に、あった。
いつも緊張感があった。
だから、楽しい時間も私の粗相でバツンッと終わってしまうことも多かった。
気持ちを立て直せず、
素直にもなれず、
泣いて、母がなだめて終わる。
だんだん回を重ねるごとに
私は、頑固の塊になって譲らない。泣かない。
可愛くない子になっていった。
その頃の私は、どこかで愛されていないと感じていた。
「こんな子、愛されるはずがない」と思っていた。
実の父にも愛されなかった私が。
勝手に思っていた。
本当の子どもじゃないから。だったからそう思ったのかは
分からない。
子どもなりの納得には、目に見えてコレしかなかった。
複雑な大人の感情や関係は分からない。
でもその中で自分の居場所は
「ここではない」とこれまた勝手に判断。
無償の愛を求めて、祖母のもとへ一人戻ったのか?
そう仮説を立てると
あの頃の私が、紐解ける。。。
無償の愛や、永遠の愛を求めれないわけではなかった。
懸命に求めている自分が、あの頃確かにいた。
いつから
諦めるようになったのだろう。
「人」に対していつから
自分から求めるのを、懇願するのを、嫌うようになったのだろう。
好きな人から自分から離れる癖。
受け取り損ねている愛情。
自分の感情を押し隠す習慣。
察して欲しいと思う傲慢さ。
跳ね返りの強気と、攻撃性。
無意識の押し付け。
なりふりかまってばかりの自分。
私の「鎧」は頑丈。
それがウリのように体の一部になって生きてきた。
「自分自身」が唯一の支えだった。
It`s Me。。。
これを崩すと、自分はなくなる。
それが本当にそうだったのか、
また、必要だったのか、は分からない。
けれど確かに信じて
崩れそうになっては慌てて
押し固めて自覚もないままに44年。
崩そうとする人がいようものなら
すかさずファイティングポーズ。
二度としないようにとことん、戦う。
主人と出逢ったあとも必要だったのか。
今、私に染み付いているルールは父に似ている。
父と私は血がつながっていない。
遺伝ではない、何か。
長く暮らしてもいない。
時間ではない、何か。
優に想像されるのは
私がかもし出す、厳しく、居心地の悪いであろう空間。
子ども達は。主人は。
今は、感謝には至らない。
また消えたい。感情。
後悔。
謝る前に察してもらって「いいよ」と
言ってでももらいたいのか。
それともまた切り替えて
突進するのか。
果ては、無人島にでも行くのか。
人生の岐路にいる、その自覚があるだけ
ほんの少しマシ、のよう。
私のホメオパシーキッドの中に
「ルマンド」があったことに気づいた。
そして
高校生のときに発症した耳鳴りがまた始まった。
何から始めたら
いいのだろう。
だから、我が家の数少ない置き菓子はブルボンがほとんど。
時にビスコ。
きっちりと、サイズぴったりに包まれた
ビスコは、何だかブロックみたいで好きだった。
ブルボンの中で特に多かったのは
ルマンド。
あの頃、ルマンドを上手く最後まで食べれることはほとんどなく、
大抵は包みを開ける段階でくじける。
何層にも重ねられたクレープ状のクッキー生地はグザグザになり、
耐え切れず包みごと口に入れ、
歯でしごくように食べるから、
グチャッとした塊になったルマンドになっていた。
それでもチャレンジ。
今日、久しぶりに目につき買った。
今は製法も変わったかもしれないし、
私の技も上がり、崩れることなく食べれる。
パチンコから帰って来た父が
差し出してくれるチョコレートやマメ菓子が好きだった。
すこんぶは返していた。
差し出した手は、油が染みていてゴツゴツしていた。
その手で頭を撫でてくれるのは、もっと好きだった。
その手の重みや力強さは
ずっと残っている。
私にとって多分、
父は憧れで、怖くて、厳しくて
大きかった。
海、山、韓国。バイク、射撃、車。
どこに行っても遊ぶことを教えてくれた人だった。
私にとって親子3人の空間は
父の空間であり、
父の厳しいルールの中に、あった。
いつも緊張感があった。
だから、楽しい時間も私の粗相でバツンッと終わってしまうことも多かった。
気持ちを立て直せず、
素直にもなれず、
泣いて、母がなだめて終わる。
だんだん回を重ねるごとに
私は、頑固の塊になって譲らない。泣かない。
可愛くない子になっていった。
その頃の私は、どこかで愛されていないと感じていた。
「こんな子、愛されるはずがない」と思っていた。
実の父にも愛されなかった私が。
勝手に思っていた。
本当の子どもじゃないから。だったからそう思ったのかは
分からない。
子どもなりの納得には、目に見えてコレしかなかった。
複雑な大人の感情や関係は分からない。
でもその中で自分の居場所は
「ここではない」とこれまた勝手に判断。
無償の愛を求めて、祖母のもとへ一人戻ったのか?
そう仮説を立てると
あの頃の私が、紐解ける。。。
無償の愛や、永遠の愛を求めれないわけではなかった。
懸命に求めている自分が、あの頃確かにいた。
いつから
諦めるようになったのだろう。
「人」に対していつから
自分から求めるのを、懇願するのを、嫌うようになったのだろう。
好きな人から自分から離れる癖。
受け取り損ねている愛情。
自分の感情を押し隠す習慣。
察して欲しいと思う傲慢さ。
跳ね返りの強気と、攻撃性。
無意識の押し付け。
なりふりかまってばかりの自分。
私の「鎧」は頑丈。
それがウリのように体の一部になって生きてきた。
「自分自身」が唯一の支えだった。
It`s Me。。。
これを崩すと、自分はなくなる。
それが本当にそうだったのか、
また、必要だったのか、は分からない。
けれど確かに信じて
崩れそうになっては慌てて
押し固めて自覚もないままに44年。
崩そうとする人がいようものなら
すかさずファイティングポーズ。
二度としないようにとことん、戦う。
主人と出逢ったあとも必要だったのか。
今、私に染み付いているルールは父に似ている。
父と私は血がつながっていない。
遺伝ではない、何か。
長く暮らしてもいない。
時間ではない、何か。
優に想像されるのは
私がかもし出す、厳しく、居心地の悪いであろう空間。
子ども達は。主人は。
今は、感謝には至らない。
また消えたい。感情。
後悔。
謝る前に察してもらって「いいよ」と
言ってでももらいたいのか。
それともまた切り替えて
突進するのか。
果ては、無人島にでも行くのか。
人生の岐路にいる、その自覚があるだけ
ほんの少しマシ、のよう。
私のホメオパシーキッドの中に
「ルマンド」があったことに気づいた。
そして
高校生のときに発症した耳鳴りがまた始まった。
何から始めたら
いいのだろう。
マグカップ。
2012年02月20日
今日、午後から友人と「器」を買いに。
やっと主人に似合うマグカップを見つけた。
使わない、似合わなくなった食器とサヨナラして
殺風景になった食器棚。
これから買うものは
すべてよ~~く考えて、主人と話し合って買おうと決めて
やっと見つけた。
あいにく主人と一緒の時には見つからなかったけど
気に入ってくれて、安心。
明日からは、毎日の朝のココアは
これで飲んでくれる。
そして器用な主人に
食器棚を作って欲しいと、お願いした。
枠だけのシンプルな、棚。
二人分になってしまった食器を、飾るように
丁寧に並べて、しまいたい。
今度、作って欲しい食器棚を
一緒に、見に行く。
少し、進もう。。。
やっと主人に似合うマグカップを見つけた。
使わない、似合わなくなった食器とサヨナラして
殺風景になった食器棚。
これから買うものは
すべてよ~~く考えて、主人と話し合って買おうと決めて
やっと見つけた。
あいにく主人と一緒の時には見つからなかったけど
気に入ってくれて、安心。
明日からは、毎日の朝のココアは
これで飲んでくれる。
そして器用な主人に
食器棚を作って欲しいと、お願いした。
枠だけのシンプルな、棚。
二人分になってしまった食器を、飾るように
丁寧に並べて、しまいたい。
今度、作って欲しい食器棚を
一緒に、見に行く。
少し、進もう。。。
傷つくこと、を終える。
2011年08月25日
傷つくことがあって
これまでは
気づかないふりをしたり
強がって、傷ついていないふりをしたり。
傷つけられた相手に、傷ついたことを伝えることなく
大人なふりをして過ごしていたので
積もる感情は加速して
結局、子どものような態度が出てしまう。
こんな、そんな
余分な手間を止めたら
なんと、楽になったことか。
なんと、シンプルになったとことか。
これまでの無駄が分かる。
我慢したり、見過ごすことで
自分で自分を余計に傷つけていたことも
分かる。
まず傷ついたことを認めて、落とし込む作業。
何に傷ついたのか、何が嫌だったのか
はっきりさせる作業。
心の中で、これだけでまず楽になったし、
自分が喜ぶのが分かった。
それを相手に伝える作業。
相手を責めるのではなく
相手に期待する反応を望むのではなく
ただ自分の傷を伝えた。
結果、キチンと受け止めてもらって
キチンと謝ってくれた。
そのことに私もとても素直に感謝の気持ちを伝えた。
そこからサッパリしたもとの関係に戻って
今もその人が大好きでいる。
春に一人。
この夏に一人。
私はその後、その人たちを信用していることに
今気づく。
私の気持ちを知っていてくれる、という安心感があるのか、
だからもうそのことで私を傷つけないだろう、という安心感なのか、
本音を出しあったことで通いあった、という安心感か。
とにかく安心できる。
本当に傷つくのは家族への中傷。
認めながらも、私は守りきる。
相手を受け入れて、でもきちんと伝えることで
自分の心を守る。
これが私にとって、人を信じる根底なんだと
初めて知った。
友人を作る源なんだと
初めて知った。
巡り巡って
家族のお陰だ。
これまでは
気づかないふりをしたり
強がって、傷ついていないふりをしたり。
傷つけられた相手に、傷ついたことを伝えることなく
大人なふりをして過ごしていたので
積もる感情は加速して
結局、子どものような態度が出てしまう。
こんな、そんな
余分な手間を止めたら
なんと、楽になったことか。
なんと、シンプルになったとことか。
これまでの無駄が分かる。
我慢したり、見過ごすことで
自分で自分を余計に傷つけていたことも
分かる。
まず傷ついたことを認めて、落とし込む作業。
何に傷ついたのか、何が嫌だったのか
はっきりさせる作業。
心の中で、これだけでまず楽になったし、
自分が喜ぶのが分かった。
それを相手に伝える作業。
相手を責めるのではなく
相手に期待する反応を望むのではなく
ただ自分の傷を伝えた。
結果、キチンと受け止めてもらって
キチンと謝ってくれた。
そのことに私もとても素直に感謝の気持ちを伝えた。
そこからサッパリしたもとの関係に戻って
今もその人が大好きでいる。
春に一人。
この夏に一人。
私はその後、その人たちを信用していることに
今気づく。
私の気持ちを知っていてくれる、という安心感があるのか、
だからもうそのことで私を傷つけないだろう、という安心感なのか、
本音を出しあったことで通いあった、という安心感か。
とにかく安心できる。
本当に傷つくのは家族への中傷。
認めながらも、私は守りきる。
相手を受け入れて、でもきちんと伝えることで
自分の心を守る。
これが私にとって、人を信じる根底なんだと
初めて知った。
友人を作る源なんだと
初めて知った。
巡り巡って
家族のお陰だ。
今日が、一番。
2011年07月26日
一生のうちで
間違いなく
今日が
今が一番、若い。
その一番若い今日、
私は何をしただろう。
何に感謝しただろう。
今、何を考えているだろうか。
少し、ゆっくりしたい。
きちんと、考えたい。
間違いなく
今日が
今が一番、若い。
その一番若い今日、
私は何をしただろう。
何に感謝しただろう。
今、何を考えているだろうか。
少し、ゆっくりしたい。
きちんと、考えたい。