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Posted by おてもやん at

たからもの。

2012年03月31日

本当はいけないのだろうけど

今まで主人にもらったプレゼントに

順番をつけるとしたら

21歳の誕生日。




学生結婚、自由になるお金はない。




入籍前のお気楽な学生生活とは

大違い。

足りなくなったら

親におねだりすることも

バイトできる状況でもなかった。





21歳の誕生日に

主人は一緒に寝転んだまま

歌を歌ってくれた。

ハッピーバースディー♪を

何回も、何回も

歌ってくれた。



あのプレゼントが

私は、忘れられない。




正直、主人は歌が、下手。

音もはずす。




だから、なおさら嬉しい。

一生のわたしの、たからもので

年を重ねても

物忘れがひどくなっても

忘れたくない。と思う。






先日、二人で

『マーガレット サッチャー』を観たあと、

主人が

「やっぱ俺はお前より先に死ねんな。

俺が面倒みらな、子どもたちが大変ばい。」


「・・・・。」

それは私が主人に対してずっと

想っていたことだったから

びっくりした。




次はなんの映画を観にいこうか。








  


Posted by 花梨 at 22:47Comments(0)夫婦

ルマンド。

2012年03月09日

両親はブルボンのお菓子が好きだった。

だから、我が家の数少ない置き菓子はブルボンがほとんど。

時にビスコ。

きっちりと、サイズぴったりに包まれた

ビスコは、何だかブロックみたいで好きだった。

ブルボンの中で特に多かったのは

ルマンド。

あの頃、ルマンドを上手く最後まで食べれることはほとんどなく、

大抵は包みを開ける段階でくじける。

何層にも重ねられたクレープ状のクッキー生地はグザグザになり、

耐え切れず包みごと口に入れ、

歯でしごくように食べるから、

グチャッとした塊になったルマンドになっていた。

それでもチャレンジ。



今日、久しぶりに目につき買った。

今は製法も変わったかもしれないし、

私の技も上がり、崩れることなく食べれる。



パチンコから帰って来た父が

差し出してくれるチョコレートやマメ菓子が好きだった。

すこんぶは返していた。

差し出した手は、油が染みていてゴツゴツしていた。

その手で頭を撫でてくれるのは、もっと好きだった。

その手の重みや力強さは

ずっと残っている。


私にとって多分、

父は憧れで、怖くて、厳しくて

大きかった。

海、山、韓国。バイク、射撃、車。

どこに行っても遊ぶことを教えてくれた人だった。



私にとって親子3人の空間は

父の空間であり、

父の厳しいルールの中に、あった。

いつも緊張感があった。

だから、楽しい時間も私の粗相でバツンッと終わってしまうことも多かった。

気持ちを立て直せず、

素直にもなれず、

泣いて、母がなだめて終わる。

だんだん回を重ねるごとに

私は、頑固の塊になって譲らない。泣かない。

可愛くない子になっていった。


その頃の私は、どこかで愛されていないと感じていた。

「こんな子、愛されるはずがない」と思っていた。

実の父にも愛されなかった私が。

勝手に思っていた。

本当の子どもじゃないから。だったからそう思ったのかは

分からない。

子どもなりの納得には、目に見えてコレしかなかった。




複雑な大人の感情や関係は分からない。

でもその中で自分の居場所は

「ここではない」とこれまた勝手に判断。

無償の愛を求めて、祖母のもとへ一人戻ったのか?




そう仮説を立てると

あの頃の私が、紐解ける。。。




無償の愛や、永遠の愛を求めれないわけではなかった。

懸命に求めている自分が、あの頃確かにいた。

いつから

諦めるようになったのだろう。

「人」に対していつから

自分から求めるのを、懇願するのを、嫌うようになったのだろう。



好きな人から自分から離れる癖。

受け取り損ねている愛情。

自分の感情を押し隠す習慣。

察して欲しいと思う傲慢さ。

跳ね返りの強気と、攻撃性。

無意識の押し付け。

なりふりかまってばかりの自分。



私の「鎧」は頑丈。



それがウリのように体の一部になって生きてきた。



「自分自身」が唯一の支えだった。

It`s Me。。。

これを崩すと、自分はなくなる。


それが本当にそうだったのか、

また、必要だったのか、は分からない。



けれど確かに信じて

崩れそうになっては慌てて

押し固めて自覚もないままに44年。

崩そうとする人がいようものなら

すかさずファイティングポーズ。



二度としないようにとことん、戦う。



主人と出逢ったあとも必要だったのか。



今、私に染み付いているルールは父に似ている。

父と私は血がつながっていない。

遺伝ではない、何か。

長く暮らしてもいない。

時間ではない、何か。



優に想像されるのは

私がかもし出す、厳しく、居心地の悪いであろう空間。

子ども達は。主人は。



今は、感謝には至らない。

また消えたい。感情。

後悔。

謝る前に察してもらって「いいよ」と

言ってでももらいたいのか。

それともまた切り替えて

突進するのか。

果ては、無人島にでも行くのか。




人生の岐路にいる、その自覚があるだけ

ほんの少しマシ、のよう。




私のホメオパシーキッドの中に

「ルマンド」があったことに気づいた。




そして

高校生のときに発症した耳鳴りがまた始まった。



何から始めたら

いいのだろう。  


Posted by 花梨 at 00:22Comments(3)インナーチャイルド