まだ、ここにいる。
私たち夫婦は、まだ
ここにいる。
最近、二人で家の中を片付けていると
それに気づく。。。
うちはまだ、小さい子どもがいるかのような風景がある。
子どもが描いた絵。
幼稚園、小学生時代のそれぞれの拡大写真。
習字。
父の日や母の日にもらった、手作りのサービスチケット。
(肩もみ券やお手伝い券、まだ使えていない)
賞状やトロフィー。
いたるところに、子ども達がいる。
今なお、小さいままかのように。
ここにいたい。
こうしていたい。。。
だから、こうしてきた。
それは似たもの夫婦。
主人も同じだった。
だからお互い、確認しながら少しずつ外していく。
いえ、私が口にしながら
一緒に片付けていく。
「いい思いさせてもらったね~、でももう
片付けないと…。あの子達も先に進めないかもね」
今、悩んで苦しんでいるであろう長男を想う。
だからこそ、片付けようと決めた。
孫の優月(ゆづき)を生んで
ママになった一人娘に
痛んだアルバムを作り直して送った。
今、家に一人残っている次男の「今の」写真を
中心に飾った。
中心になれなかった次男を、中心にしてあげたい。
そして来年彼にもやってくる{自立}を迎えてあげたい。
ひとつひとつ、整理したり、次につないだり。
今しかできない想いを伝えたり。
作業をすることで
新しい自分達の役割を確認しているみたい。
本音はそれでも、やっぱりまだ、そこにいたい。
本音は小さい子どもの子育て中の人が羨ましい。
本音は本音。
でも、子離れできない自分も
どこか、美徳としていた自分は
もう手放したい、のも本音。
そう思わせてくれたのは
やっぱり三人の子どもたちの言葉。
それぞれの場面で
育ててくれている。
「パパ、私たちも進もうかね。。。」
子ども達も離れていく。
サマンサもいなくなった。
気持ちはそのままでも
形はどんどん変わっていく。
あの頃が大変で、喧嘩も多くて、楽しかったのは事実。
でもそこにすがっているのか、進むのかは
私たち次第。
書いていても涙が出てくる。
でも、決めたから
片付けていこう。
片付けていると
思い出の物が多いのに気づいたのだから
卒業するのも、そこだということに気づいた。
今、二人で卒業したいと想う。
そして、新しい「生きがい」を作っていこう。
新しい「形」で。
関連記事